event
第10回IATSS国際フォーラム(GIFTS; Global Interactive Forum on Traffic and Safety)~国際シンポジウム~
開催概要
開会挨拶
武内 和彦
国際交通安全学会(IATSS)会長
公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES)理事長
動画
国際交通安全学会の武内和彦会長が、第10回IATSS国際フォーラムGIFTSの開催に伴い、来場者およびオンライン参加者への歓迎の辞と、関係団体、関係各位に対する謝辞を述べた。
武内和彦会長は、国際交通安全学会が1974年の設立以来50年にわたり、交通と交通安全を基軸とした調査研究を通じて、理想的な交通社会の実現を目指してきたと紹介した。また、世界の交通を取り巻く環境が大きく変貌する中、「超学際的アプローチ(Transdisciplinary)」の視点を重視し、多分野の専門家やステークホルダーと連携し活動を展開していることを強調した。
本国際フォーラムでは、GIFTS 10年間の集大成として、「理想的な社会に向けた交通文化」をテーマに、地域ごとの交通文化の違いを踏まえた政策提言や社会実装の手法について、国内外の有識者と議論を深める予定であると述べた。また、この議論がビジョンの実現に向けた第一歩となることへの期待を表明した。
基調講演1
ニコラ・クリスティ教授は「より安全な社会のための交通安全文化の創造」をテーマに、交通事故の背景と、交通安全文化を創造するための取り組みについて講演を行った。
クリックして詳細を表示
まず、交通安全文化とは、道路上の安全に対する個人や集団の価値観・信念・行動様式を含む集合的な概念であると説明した。交通安全文化を育成した好例として、フランスでは2000年代以降、スピードカメラや仮免許証制、厳しい飲酒運転規制の導入といった様々な交通安全対策により、運転者の行動に変化が生じ、2010年までに交通事故死者数を半減させたと紹介した。特に、大統領が交通安全を国家の主要課題のひとつに位置付けたことが、これらの取り組みを推進する大きな原動力となったと考察した。
また、注目すべき事例としてイギリスの「ビジョン・ゼロ」戦略も紹介した。シートベルト着用や飲酒運転規制の法律を教育やメディアキャンペーンと組み合わせるアプローチが効果的であることを示した。例えば、イギリスではシートベルト着用の法制化後、交通事故死者数が大幅に減少したが、これには、明確な法律と社会的啓発活動が背景にあると説明した。
しかし、こうした対策をそのまま他国に適用することの難しさについても言及し、各国の社会的背景や文化的要素に応じた対応が必要であると強調した。インドでは交通安全文化の成熟度の低さが大きな課題であると述べ、非公式なルールの蔓延、データ不足、貧困層への負担といった障壁が存在しており、これらが取り組みを妨げていると説明した。このような状況下では、まず強い政治的意思と優れたガバナンスが求められると語った。
文化を変えるには行動様式の変化が重要であり、そのためには規制、教育、インセンティブの導入が必要だと説いた。運転者の行動を変えるには、死亡リスクや社会的影響への恐怖を動機付けとして活用することが効果的であり、これを支えるデータ収集と分析が欠かせないことも強調した。
また、自動運転車や電動スクーターの普及、携帯電話の使用、薬物、さらにはギグエコノミーといった、近年の新たな課題についても注目を促した。特にギグエコノミーでは、迅速な配達を求めるビジネスモデルが安全性より利益を優先し、配送ドライバーの交通事故リスクを増大させていると説明した。
結論として、交通安全文化の構築は一朝一夕に実現するものではなく、政治的意思、データ分析、政策評価を含む多面的なアプローチが必要であると述べた。強力な交通安全文化を育成することで、より安全な道路環境の創出と交通事故の削減に取り組み、ひいては命を守り、より良い社会を作ることができると確信をもって述べた。文化を変えることは、行動様式を変えることであり、そのためには、政策立案者・コミュニティ・個々の道路利用者を含む、あらゆる層の協力と参加が不可欠であるとまとめた。
基調講演2
クラウディア・アドリアゾーラ ステイル氏は「社会実装」をテーマに、世界資源研究所(WRI)の研究で明らかになった国際的な概観を示しつつ、重要な課題、貧困、気候変動に関して我々が取るべき取り組みについて講演した。
クリックして詳細を表示
2020年に採択されたストックホルム宣言では、交通事故死者数を2030年までに少なくとも50%削減することを目標に掲げていると紹介した。交通安全は持続可能な開発目標(SDGs)の8項目とも合致する重要な課題だが、交通事故は子どもや若年成人の主な死因となっている。また、オートバイ利用の増加に伴うリスクが途上国や低所得地域で顕著である。交通事故は、労働者世代の経済的損失や貧困を悪化させる要因にもなるため、交通事故が経済成長にも大きな影響を及ぼしている。こうした事実をまず理解する必要があると呼びかけた。
人間は、高所における危険性や恐怖はよく認識できるが、速度の危険性は高さよりも認識しにくいと説明した。「そもそも道路とは危険なものである」という前提のもと考える必要があると述べた。50km/h以上の速度帯での事故多発や、子どもの犠牲が顕著であることから、速度管理は非常に有効な対策だと提案した。また、幹線道路の設計が車中心であり、安全な歩行者インフラが不足していることも問題として挙げた。幅広い車線や横断歩道のない道路は、変容していく都市の構造に沿って変えていくべきだと強調した。また、モビリティ・プロジェクトの評価や投資には、交通安全の視点を取り入れる必要性があると語った。
モーターサイクルの安全性については特に低所得地域での事故が多発している現状に注目し、解説した。6都市における安全性と建築環境との関係を調査した結果、道路設計や走行速度が事故率に大きく影響することが明らかになった。加えて、低所得世帯が利用するモーターサイクル移動が公共交通機関へのアクセス不備と関連していることも判明したと説明した。各地域の天候も加味した明確で一貫した車線幅のある安全な道路設計や、すべての車両を対象とした速度制限の再考を提案した。
さらに、気候変動と交通安全は相互に関連していることについても、改めて認識を共有することを求めた。運輸交通部門の炭素排出量は、世界の炭素排出量の約25%を占めている。温暖化が進む中、パリ協定の1.5℃目標達成のためには公共交通機関の輸送能力を倍増させ移動の50%が徒歩または自転車で行われる必要があると説明した。交通の脱炭素化と交通安全の両立が求められていると語った。
最後に、成功事例としてスペインのVitoria-Gasteiz市の事例を紹介し、人と自然を中心とした都市設計が交通安全と持続可能性を両立する可能性を示した。交通安全の進展には関係者全員の協力とつながりが不可欠であると強調した。良いインパクトを生み続けるため、包括的アプローチを続けていきたいと結んだ。
趣旨説明
中村 彰宏
IATSS会員/国際フォーラム実行委員会委員長
中央大学経済学部教授
動画
実行委員長を務める中央大学の中村彰宏教授が、来場者およびオンライン参加者に謝意を表し、基調講演について学術的な観点、実用的な観点から示唆に富むものであったと言及し、続いて実施されるパネルディスカッション、ワークショップの概要を紹介した。
安全な交通社会のためには、それぞれの国や地域の文化を取り入れた調査と議論が必要だと考え、第1回フォーラムのテーマ「地域に根ざした多様な交通文化」から始まり、過去10年間、交通事故削減に向けた議論を継続してきたと述べた。
第10回となる本フォーラムでの議論は、これまでの10年間の集大成であり、次の10年に向けた議論の出発点となると述べた。持続可能な社会を構築するにあたり、モビリティの分野からできることを考えるために、GIFTSというプラットフォームを国際的な発信の場として進化させる意向を表明した。
パネルディスカッション
- コーディネーター
- 中村 英樹教授
国際交通安全学会(IATSS)会員
名古屋大学大学院 環境学研究科 教授 - パネリスト
- スザンナ・ザマタロ氏
国際道路連盟(IRF)最高責任者
ヴァウター・ヴァン・デン・ベルジェ博士
ティルコン・リサーチ&コンサルティング ディレクター
ガッサーン・アブ レブデ准教授
ウェストバージニア州ハンティントン、マーシャル大学 土木工学/交通 准教授
鳥海 梓助教
東京大学 生産技術研究所 助教
コーディネーターの中村 英樹教授が、基調講演の内容に触れ、本パネルディスカッションの流れと趣旨について説明した。
クリックして詳細を表示
中村 英樹教授
中村 英樹教授は、IATSSの国際共同研究プロジェクトについて説明し、「交通安全文化が事故・衝突のリスクにどのような影響を与えるか」をテーマとした研究の概要を紹介した。研究の目的は、数値データを活用し、インフラや社会システム、行動、交通安全文化と死亡者数との因果関係を明らかにし、道路交通安全政策の提言を行うことであると説明した。研究では、死亡者数に影響を与える要因やその因果関係が明確になったと述べ、特に、TPB(理論的計画行動)モデルが道路交通安全と関連し、経済成長とモータリゼーションの進展が安全環境の悪化に影響を与えることが確認されたと説明した。
政策提言として、以下の3点を挙げた。1つ目は「モータリゼーション以前の国々」について、安全意識向上と道路品質改善の必要性を強調。2つ目は「安全管理型の国」では、二輪車依存による衝突リスク軽減の対策を提案。3つ目は「自己規律型の国」において、自動車利用からの転換が事故死者削減に寄与する可能性を示した。
鳥海 梓助教
鳥海 梓助教は、各国の交通安全システムを国内指標や事実に基づいて国際比較した国別実態調査(CFS)の概要を説明した。調査によると、住宅用道路やスクールゾーンの速度制限は一律ではなく、速度超過に対する罰金制度も国ごとに異なる厳しさや適用基準が見られると説明。道路の種類別に罰金額を設定している国は少数派であったと述べた。また、交通違反の取り締まり政策には国別差があり、新興国では先進国より厳しい場合もあるが、重点項目は国ごとに異なると述べた。
さらに、運転者教育や免許更新については、更新頻度が低く手続きが簡略化されている国が多く、持続可能な教育が十分に実現されていないと指摘した。
鳥海助教は、各国の交通安全システムを包括的に比較するためには指標や事実の収集が不可欠であると述べ、既存データベースの有用性を認めつつも、一部のデータ不足や定量化困難な情報が課題であると語った。これらの課題を克服するため、各国専門家の協力によるデータ補完と背景情報の明確化の必要性を強調した。
パネリストによるショートプレゼンテーション①
各パネリストが、それぞれの観点から地域の課題と取り組みについて紹介した。クリックして詳細を表示
鳥海 梓助教
<日本およびアジア諸国における道路交通安全の課題と取り組みについて説明した。
日本では、モータリゼーションに伴う交通事故増加を契機にインフラ整備、法律強化、交通安全教育、車両技術の向上が進み、安全文化が成熟してきたと説明した。しかし、現在は新たな課題として、超高齢化社会を背景に高齢者が加害者にも被害者にもなりやすい状況があるとし、解決策として先進車両技術の活用、免許制度の見直し、郊外でのアクセシビリティ向上を提案した。歩行者や自転車利用を促進する都市計画や「ゾーン30」「ゾーン30プラス」の推進、道路機能の明確化が有効と述べた。
アジア諸国では、モータリゼーション進行中の新興国や発展途上国で交通事故死者数が増加傾向にあると述べた。特にオートバイ依存や異種トラフィック混在が安全性に悪影響を及ぼしており、包括的な都市・交通計画が求められる。既存モデルの模倣ではなく効率的な発展モデル構築が必要であり、交通ルールの普及に向けた教育や取り締まりの重要性を指摘した。
ガッサーン・アブ レブデ准教授
<アラビア諸国、特にアラブ首長国連邦(UAE)に焦点を当てた発表を行った。UAEはここ30年間で急速に人口が増加し、その88%を移民や外国人が占める点を大きな特徴として強調した。運転者の多くがアラビア語や英語でのコミュニケーションができない多言語社会であり、男性人口の割合が高く、また、都市化とモータリゼーションが進み、複数台の自動車所有が一般的である一方、鉄道への大規模投資も進行中であると説明した。
交通安全の分野では、様々な取り組みによって交通事故による死傷者数の大幅な減少が見られるが、依然として多くの課題が存在すると述べた。具体的には、安全基準・運転方法・訓練の多様性、現代のインフラと安全性トレンドの断絶、社会経済的・文化的要因による影響、住民に向けた安全に関するサービスの整備不足や、外国人コミュニティを組み込むための仕組みがない点を課題として挙げた。
これらを解決するには、多様性を考慮し、文化・教育・公共政策を取り入れたシステマティックアプローチが不可欠であると提言した。
ヴァウター・ヴァン・デン・ベルジェ博士
文化が交通行動や政策に与える影響をヨーロッパの視点から論じ、「ホフステッド指数」を用いて国ごとの文化特性を解説した。
「個人主義/集団主義」軸では、個人主義社会が自己主張を重視する一方、集団主義社会は順応や紛争回避を重視する。「柔軟性文化/記念碑的文化」軸では、柔軟性文化が適応性を、記念碑的文化が一貫性や自尊心を強調すると説明した。
これらの文化的特性が交通行動や安全文化に影響を与え、政策設計にも関係する点を指摘した。特に規制や教育、取り締まりへの受容には文化的な違いが現れると述べた。交通安全文化向上には、法律や取り締まりなどのハード面と、教育やキャンペーンといったソフト面の双方が必要とし、国家文化のほか企業文化にも交通安全促進の役割が期待されると述べた。
スザンナ・ザマタロ氏
国際道路連盟(IRF)が交通安全文化の醸成に向けた刊行物等の情報を提供していることを紹介し、こうした情報が活用されることで、交通安全文化の促進に寄与できると語った。
交通安全の向上には、利用者の行動改善だけでなく、道路設計や政策、システム全体を見直す必要があると強調した。具体的な解決策として、歩行者優先の政策整備、道路設計基準の改訂、道路安全監査の必須化とそのためのトレーニングおよび認定センターの設立、明確なKPIの設定、データとテクノロジーの活用、そしてパートナーシップによる取り組みを挙げた。
また、IRF「International Registry of Road Safety Auditors」についても説明し、交通安全監査の質の向上と透明性の確保、資格のある監査人の選定を容易にするための信頼性のある情報提供、若手エンジニアの育成、新たな雇用機会の創出を進めることの重要性を述べた。さらに、交通安全インフラ監査機関設立の重要性を各国が理解できるよう支援し、要件の厳格な適用を促進するためのアドボカシー活動を強化する方針を示した。
パネリストによるショートプレゼンテーション②
クリックして詳細を表示
ヴァウター・ヴァン・デン・ベルジェ博士
交通安全文化の改善と潜在的な影響について解説した。交通事故死亡率と文化の関連性を示すデータに基づき、個人主義的文化圏では集団主義的文化圏よりも事故が少ない傾向があることを指摘した。また、国民文化は交通行動に影響を及ぼすものであり、文化と経済発展の関連性も考慮する必要があるとした。
交通安全文化の定義と測定方法については国際的なコンセンサスがなく、国家レベルと組織レベルでの違いも課題である。世界中の交通安全機関等の共同イニシアティブによる調査プロジェクトによるESRAデータは世界中のデータを多く含むものの、各国の取り組みについてはカバーできておらず、また、組織レベルへの適用には限界があると指摘した。今後はより科学的なコンセンサスが重要であり、新たなプロジェクトの必要性を主張した。
政策の優先分野としては、市街地での速度低下、テクノロジーベースの取り締まり、国際的ベンチマーキング、地方道路の安全性向上、交通弱者の保護、車両自動化の利点活用、電動スクーターの安全性向上、公共交通の普及促進、交通安全文化の変化などを挙げた。
鳥海 梓助教
交通安全における文化的側面の役割を、日本とアジア諸国の事例を通じて論じた。日本では1960年代の「交通戦争」を契機に、インフラや法整備、罰則強化、交通教育などを通じて交通安全文化が発展してきた。他者との調和を重んじる文化のもと、人々は地域社会の問題として交通安全を重視し、子どもたちも交通安全教育を受けながら成長してきた。
アジア諸国では、トゥクトゥクやリキシャといったパラトランジットが広く利用されている。これらの交通手段は狭い道路や渋滞に柔軟に対応でき、低コストでドアツードア輸送をする一方、安全性やルール遵守の低さといった課題も抱えている。また、多くのアジアの街路は屋台や祭りといった伝統的な活動の場としての役割を担ってきたが、交通法との衝突によりそうした文化と活力が失われていくのは憂慮すべき点であると指摘した。効率的な交通と文化活動の保存とのバランスをいかにとるべきかが重要だと締めくくった。
ガッサーン・アブ レブデ准教授
アラブ首長国連邦(UAE)を例に、文化的側面と交通安全の相互作用について論じた。UAEでは、国民と外国人という2種類の集団が存在し、外国人の事故が比較的多いと述べた。経済的、社会的、文化的な多様性を踏まえて、対策を講じる必要があると指摘した。
また、配送サービスやマイクロモビリティなどの新技術の導入が交通安全の新たな課題を引き起こしている現状も示した。新しいモビリティは、まだ信頼性や主要な交通手段としての評価が確立されておらず、所有や利用のルール、優先権、文化に由来する問題が発生している。設計、建設、運用、保守の遅れも課題となっていると指摘した。
スザンナ・ザマタロ氏
各国の交通安全には共通の傾向が見られるとしつつ、イタリアの抱える課題とヨーロッパにおけるマイクロモビリティの実情を紹介した。
イタリアでは、運転中の脇見や携帯電話の使用が重大な課題であり、自転車や歩行者を優先する文化も乏しい。さらに、高速道路のスピード違反や危険な運転に関する調査では、制限速度を守る意識が低いことが明らかになった。これを受け、罰則の厳格化やゼロ・トレランス政策が進められている。
マイクロモビリティについては、電動スクーターを中心とする利用拡大が進む一方、安全性が懸念されると述べた。ヨーロッパでは、2,000万人の電動スクーターのユーザーがおり、市場は拡大を続けている。若年層や夜間の利用が多く、事故の多くは運転者のみが影響を受けるが、歩行者の転倒事故も増加している。こうした背景から、まず適切なデータを収集したうえで、政策・インフラ・安全な車両設計の観点から包括的な対応をすることの必要性が強調された。
ディスカッション・まとめ
コーディネーターの中村 英樹教授は、各パネリストの発言を総括しつつコメントを求め、交通安全文化に関して考慮すべき多くの要素があると強調した。ヴァウター・ヴァン・デン・ベルジェ博士は、交通安全文化は単なる文化にとどまらず、行動と遵守することが重要であると指摘した。鳥海 梓助教は、日本の「交通戦争」を通じて育成された交通安全文化を好例としつつ、日本やアジア諸国のこれからの課題にも光を当てた。ガッサーン・アブ レブデ准教授は、宗教・文化の多様性を受容・尊重しつつ交通安全文化を醸成する必要性を示した。スザンナ・ザマタロ氏は、サイクリスト、歩行者、また宗教の相違も含め、エコシステムとして全体的視点を持つことの重要性を示した。
中村英樹教授は、異なる地域についての各パネリストの知見を持ち帰り、実践に活かす必要性を共有し、パネリストに謝意を表した。
ワークショップ
- モデレーター
- 森本 章倫教授
国際交通安全学会(IATSS)会員
早稲田大学理工学術院/社会環境工学科 教授) - プレゼンター
- マイケル・アニャラ博士
アジア開発銀行上級交通専門家(道路アセットマネジメント)
須原 靖博氏
(独)国際協力機構(JICA) 社会基盤部 運輸交通グループ第1チーム 課長
クラウディア・アドリアゾーラ ステイル氏
世界資源研究所(WRI)グローバル都市モビリティ副ディレクターグローバル健康・交通安全プログラム ディレクター
森本 章倫教授
ワークショップの冒頭に、IATSS会員である森本章倫教授は、「安全な社会に向けた繋がり・収集・伝達」をテーマにIATSSが考える3つのアプローチを発表した。
第1に「国際組織との情報共有」を挙げ、日本の「第11次交通安全基本計画」に基づき、ビジョン・ゼロ達成を目指す取り組みや知見を共有し、国際協調を推進する重要性を強調した。第2に「都市道路交通安全データベースの構築」を提案し、世界各地の道路交通事故データを収集・比較する仕組みを開発中であると述べた。第3に「持続可能な人材育成」におけるIATSSフォーラムの役割を解説し、モビリティに関する新たな研修テーマも新設予定であると紹介した。これらの取り組みを通じて、持続可能な社会の実現を目指す姿勢を示した。
クリックして詳細を表示
マイケル・アニャラ博士
新興国では、交通事故による年間GDP損失が3~5%に達する一方、アジア太平洋地域の交通安全に必要なのは、現在の交通安全投資の年間需要のわずか3%である。また、事故が集中する特定道路へのターゲット型投資が効果的であることを、実例を挙げて提案した。しかしコストと便益の関連性が不明確なために、投資が促進されていないことを課題とした。この課題解決に向け、アジア開発銀行では、アジア太平洋交通安全フォーラムの活動を通じてデータ収集と研究支援をしていると説明した。
ほとんどの問題は解決策を見つけることが可能であるとし、その障壁はコストや連携不足、KPIの相違であると述べた。これらを解決するために、データを活用し、国際的エビデンスベースで進めることが重要であると強調した。
須原 靖博氏
交通安全分野において、国際協力機構(JICA)は数多くのインフラ関連プロジェクトを実施してきたと説明した。その一例として、バングラデシュで進行中の「T/Cプロジェクト」を紹介した。ダッカ首都圏の警察と協力し、道路交通安全対策の能力強化を目指している。このプロジェクトの成果として、警察が交通安全教育や広報活動をより効果的に行う能力、交通事故データの報告・分析能力、交通安全対策や取り締まりの計画・実施能力が向上していると報告した。JICAは交通安全への協力戦略として、「取り締まり」「交通工学」「安全教育」「緊急対応」の4つの柱を中心に取り組んでいると説明した。この柱に基づき、インフラ整備や子供向けの交通安全教育を支援しており、JICAの強みを活かした切り口で取り組みを進めていると述べた。
持続可能な都市づくりにおいては、社会的に弱者とされる子供、高齢者、障害者などへの配慮が重要であることを強調した。また、交通安全教育については、KPIや評価手法を導入し、その効果を測定しながら改善を行うことで、より実効性の高い教育プログラムの展開が可能になると述べた。一方で、文化的要素については、数値化が難しいため、教育の指標や評価手法に反映する取り組みが課題であると語った。
クラウディア・アドリアゾーラ ステイル氏
「繋がり」「収集」「伝達」のキーワードに沿って、交通安全の重要性とアプローチについて発表した。交通安全は複雑な課題であり、国家政府、地方自治体、市民社会、民間セクター、金融機関、学界など多様な主体が協力して取り組むべきであると述べた。また、交通安全はSDGs達成の鍵を握る要素であり、システム全体を俯瞰する必要性を強調した。特に、健康で安全な環境の提供、自転車や歩行の促進、車両移動の削減、大気汚染の軽減、事故や死亡者の減少といった相互に関連する目標を結び付けるべきであるとした。
さらに、交通事故の実態を市民に伝えることで反発を乗り越えたエクアドルのGuayacanes Avenueの成功例を紹介し、政治的リーダーシップと効果的なコミュニケーションの必要性を訴えた。データの収集と共有も、多様な解決策を生む基盤になると述べた。
ディスカッション
クリックして詳細を表示
ディスカッション1
森本教授は、須原氏に国際機関との情報連携について意見を求めた。須原氏は、Asia Pacific Road Safety Observatory (APRSO)のような国際会議へ参加し、知識を共有することが、各国の交通安全に関するより良い施策の実現のために重要であると述べた。
続いて森本教授は、マイケル・アニャラ博士にAPRSO初参加の感想を尋ねた。
アニャラ博士は、交通安全データの収集と共有が最優先課題であると述べ、データ提供に消極的な政府や団体も存在する中、APRSOのような場での情報共有の重要性を訴えていきたいと語った。
森本教授がデータなしでは解決策を見出せないと述べ、ステイル氏に意見を求めた。
ステイル氏は、体系的なアプローチが重要であると述べ、さらに、ベンチマークや比較も有効であると主張した。質の高い交通安全施策は人命を救うことに繋がるため、国際的に協働していくことの必要性を強調した。
ディスカッション2
森本教授は、「情報共有(DBアーカイブ)について」をテーマにディスカッションを開始した。各プレゼンターにデータ共有の望ましい在り方について意見を求めた。アニャラ博士は、データ共有は難しい問題であると述べた。新興国では警察が事故のデータを管理しており、データ開示が困難な場合がある。各国協力し相関関係や解決策を導き出すことが重要であり、保険会社や病院からのデータ連携も有益であると指摘した。
ステイル氏は、データ共有には信頼・説明責任が不可欠であると強調した。3年間データ提供依頼していた相手に対し、データの必要性と効果をしっかり説明したことで、即座にデータが開示された事例を紹介した。
須原氏は、事故データの多くはプライバシーの観点から提供され難いことを説明した。しかし、データ全体を求めるのではなく、分析に必要なデータについて的を絞ったコミュニケーションをすることが重要だと述べた。
森本教授は、段階的な関係構築と信頼の確立が必要であると同意し、JICAやIATSSから重要なデータが提供された事例を紹介した。
ディスカッション3
森本教授は、「人材育成について」をテーマに各プレゼンターに意見を求めた。須原氏は、JICAが学術分野での共同研究者を育成することを重視しており、研究者の能力強化や政府への影響力強化を図っていく方針を示した。特にIATSSに対する期待を述べた。
ステイル氏は、人材育成の重要性を強調し、教育を3つの領域に分けた。1つ目は長期的視点から道路利用者の教育、2つ目は設計者やエンジニア、意思決定者、経済学者の能力増強、3つ目は行動科学に基づいた行動変容をサポートする教育である。
アニャラ博士は、交通システムの変化に対応するため、エンジニアが将来の課題を考慮して設計することが必要だと述べた。政府が明確な方針を示し、産学官の連携によるイノベーションが求められると語った。
森本教授は、新しいモビリティや自動運転技術が今後普及することを踏まえ、将来起こる可能性のある問題にも対応していく必要性を示唆した。
質疑応答
クリックして詳細を表示
会場からデータの国際的ベンチマーキングについて、データ標準化のためにどのような取り組みをしているのかという質問があった。アニャラ博士は、完璧なデータというものはないが、ベンチマークを持たずとも異なるデータソースから必要な情報を抽出すること自体はできていると説明した。データ標準化をするには、各国の経済的ベネフィットを示していく必要があると回答した。
ステイル氏は、ヴォルテールの「Perfect is the enemy of good.」という言葉を引用し、完璧に標準化されたデータが揃うのを待たずとも、有効な情報や研究結果は得られていると回答した。
会場からアニャラ博士へ、データの収集方法や信頼性をどう確保しているのかという質問があった。
アニャラ博士は、各国のメインストリームの団体にアプローチしてデータを収集しているが、リスク因子に着目し、ビッグデータを見ることで、問題の分析が充分できていると説明した。データ収集には問題ないがその処理に時間がかかることを課題として捉えており、現在はAIを導入し、データ処理の効率化を試みていると回答した。
会場から須原氏へ、バングラデシュの交通安全教育に関して、方法、難しさについて質問があった。
須原氏は、日本とバングラデシュでは子供向けの交通安全教育に共通する部分が多いが、文化の違いは考慮が必要だと説明した。JICAはまず警察への教育を行い、その後現地での教育活動を展開する仕組みを構築しているが、政治的な要因等で教育者が教育を継続できなくなることを問題として挙げた。
まとめ
ステイル氏は、我々には相互依存関係があり、ステークホルダーが全体として取り組むべきだと語った。また、持続可能性、平等といった観点も加えて、このサイクルを繰り返していくことに意義があると述べた。アニャラ博士は、専門家が連携しアプローチすることが重要で、SDGsにも貢献できると述べた。須原氏も同意し、あらゆるレベルで繋がりを持つことの重要性を強く感じると語った。モデレーターの森本教授は、より良い交通安全文化を創り出すには3つのC(Collecting、Communicating、Connecting)が必要であると述べ、ワークショップを締めくくった。
IATSS創立50周年総括
中村 文彦
IATSS会員/IATSS創50戦略会議議長
東京大学大学院新領域創成科学研究科
サステイナブル社会デザインセンター特任教授
(公社)日本交通計画協会技監
動画
中村文彦議長は、IATSSが「超学際的アプローチ(Transdisciplinary)」の視点を重視しながら多分野の専門家やステークホルダーと連携しながら取り組みを続けてきたと説明した。
50周年を迎えた学会の掲げた新たなビジョンは、「モビリティ」「サステナビリティ」「ウェルビーイング」を柱とするものであると紹介し、その実現には文化の観点が重要であると強調した。地域ごとの違いを理解し共有することが活動の前提であり、成果を展開していくための鍵になると述べた。
GIFTS活動の最終回となる今回のフォーラムでは、文化の視点が交通社会の改善において重要であると確認され、次のステップへの意図が共有された。IATSSは今後も学びと発信を続け、100周年に向けて成長していく決意を表明した。
閉会挨拶
河合 信之
IATSS専務理事
動画
IATSSの河合信之専務理事は、第10回GIFTS国際フォーラムの成功を、パネリストをはじめとする関係諸氏の、多種多様な知識と経験の貢献によるものとし、謝意を表明した。
この10年間「交通文化」をテーマに、世界のモビリティの多様性を尊重し、また、交通安全の概念も各国の文化や社会的背景に応じて異なることを認識しながら、科学的知見に基づく議論を重ねることによって、世界各国の具体的な政策展開へと結びつけてきたと強調した。
この場で得られた知見や洞察が「IATSS Vision 2024」に基づく将来の戦略策定にも役立つとし、理想のモビリティ社会の実現に向け、世界中のステークホルダーと協力を続ける決意を表明。参加者および関係各位への感謝の辞を述べ、本フォーラムを閉会した。