award
第43回 令和3年度(2021年)
著作表題
鉄道と郊外 : 駅と沿線からの郊外再生
受賞者
角野 幸博 (著, 編集) ・ 青木 嵩 (著) ・ 岡 絵理子 (著) ・ 伊丹 康二 (著) ・ 水野 優子 (著) ・ 松根 辰一 (著) ・ 坂田 清三 (著)
受賞理由
本書は、関西圏における鉄道事業者による郊外空間の開発に対する鉄道および鉄道事業者の役割を、都市計画、建築、地理および歴史の観点から論じたものであり、(公財)都市住宅学会関西支部に設置された研究会の主要メンバーの多年にわたる研究成果の一部です。人口減少下の郊外のあり方に加え、アフターコロナにおける政策提言にも言及しており、時宜を得た著書であると判断します。
東京圏では既成市街地において大名屋敷などが住宅地として開発され、鉄道が敷設されると、そこをタネ地として郊外開発が進みました。一方、関西圏における郊外は、鉄道会社や土地会社によって開発され、それが中産階級の郊外への移住を促進することになりました。鉄道会社は「郊外生活を豊かにする」多様な事業を展開し、それが郊外の利便性を高め、さらに郊外が拡大するという循環がうまれました。しかし、人口減少によって郊外がスポンジ化しているところに新型コロナの感染が拡大し、人々の移動パターンも変わりました。今後の郊外はどうあるべきか、それが本書のテーマのひとつとなっています。
本書は6章から構成され、大きく3つの部分に大別できます。1~3章は研究の意図、人の移動や住宅の特性を分析し、4,5章では鉄道駅と鉄道会社の事業の変遷や法制度も含めた周辺環境の変化が取り上げられます。そして、6章では郊外再生に対する提言がとりまとめられ、最終には東西の大手私鉄の特性を比較した補論が付されています。
具体的な内容ですが、まず、3大都市圏の人口分布や人口動態にもとづき、分析対象となる関西圏の特徴とともに、郊外の形成から成熟期の郊外像が描かれます。しかし、やがて1990年代のバブル崩壊によって均質を特徴とした郊外は多様化の途を歩みました。人々の駅の利用方法にも変化がみられ、郊外駅にも最寄り駅と最頻利用駅が異なるといった階層が生じます。著者らはそれを大都市拠点、生活拠点、人や情報の交差点と表現しています。
鉄道事業者に求められる駅づくりとは、日常行動のなかで目的地となる駅、子育て層が出かけたくなる駅、第三の仕事場になる駅、図書館を核とした駅であるといいます。筆者はこうした駅にするために、鉄道事業者に地域に根差した多くの役割を求めており、それを「沿線力」の強化と表現しています。沿線力とは、単なる沿線価値の向上ではなく、収益が沿線外や地域外に漏出しないような個性的で挑戦的な拠点の再生整備をすすめ、「移動の利便性に加えて沿線に立地する都市機能と娯楽機能、自然環境および生活支援サービス等」からなる総合的な魅力のことです。その実現に向け、著者は都心ターミナルに経営資源を投入している鉄道事業者に対し、公共政策と連携した沿線やそのノードとなる拠点駅への経営資源の投入による「沿線マネジメント」を求めています。
鉄道事業者の経営戦略も異なり、すでに鉄軌道事業以外の収入が鉄軌道事業を上回る会社もあります。しかし、沿線マネジメントは、いずれの事業者にも例外なく該当する提言であり、民間事業者たる鉄道事業者の今後の方向を示した著作内容は、理想的な交通社会の実現に向けての貢献が大いに期待されることから、学会賞の著作部門に推薦します。