award
第42回 令和2年度(2020年)
著作1
表題
Beyond MaaS 日本から始まる新モビリティ革命 -移動と都市の未来-
受賞者
日高 洋祐・牧村 和彦・井上 岳一・井上 佳三
受賞理由
本書は、近年着目されているMaaS(Mobility as a Service) についての中で、特に異業種との融合の可能性である「Beyond MaaS」を取り上げた内容になっています。
本書の構成は、導入部分である第1章から第2章は、MaaSの現状況について論文や公的組織によるロードマップやマスタープランなど実例を交えて俯瞰的に把握することで、システム構造と課題や可能性を読者へ前提紹介しています。第3章では、これから持続可能な「日本版MaaS」を構築していく上で、J.ムーアが提唱している「ビジネスエコシステム」を取り上げて従来のプレイヤーの相互関係の再構築の必要性などを述べています。その上で、第4章では、MaaSビジネスの領域として、①情報提供、予約決済などのアプリ提供のMaaSの基本構築領域、②交通分野や都市・地域交通の最適化、新しいモビリティの創出というDeep MaaSの領域、③交通と異業種との連携やスマートシティに関してのBeyond MaaSの領域という3つの要点に整理しています。
後半は第4章に挙げた要点毎に、第5章では各交通業界の成長戦略、新たな連携による価値創出について、第6章では、自動車業界のCASEの出口戦略におけるMaaSとの関わりが取り上げられています。そして第7章以降では、本書のタイトルにもなっている各交通業界・自動車業界を超えて、社会を構成するあらゆる分野との融合を果たす「Beyond MaaS」というビジネスモデルの可能性にフォーカスを当てています。特に第7章では、モビリティとの新たな連携・融合の可能性を「○○分野×MaaS」という全15業種毎の項立てにより掘り下げられています。本書の前作にあたる「MaaS モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ」では、各分野におけるゲームチェンジを引き起こすキーワードの記述であった内容が、その後の2年間に具体化された実証モデルなどトレンドも織り交ぜて記述されているため、分野毎のメリットや顕在化している問題点が読者にとってもわかりやすく説明されています。最終章の第8章では、Googleのスマートシティ構想のマスタープランをベースに自動運転社会が実現しMaaSが普及した2030年以降の近未来の都市自体のリデザインと現状を照らし合わせることで今後の進むべき方向性について提起しています。
執筆形態は、日高氏をはじめとして4名の共著ですが、各著者の専門性を活かした記述がされていて、全体トーンを調整しているために非常に読みやすくなっています。また、本書の出版構成上「日経クロストレンド」掲載記事の再編集部分を含む形になっていますが、本書全体構成に合わせて再編集した上で掲載されているため、著書としての整合性や論理的な構成もしっかりしています。
以上のように、100年に一度と呼ばれているモビリティを取り巻く環境変化を見いだすパワーワードである「Beyond MaaS」をわかりやすい構成とタイムリーな情報で取り纏めており、広い分野の読者を想定している点を評価いたしました。
著作2
表題
日本の道路政策:経済学と政治学からの分析
受賞者
太田 和博(専修大学 商学部教授 商学博士)
受賞理由
本書は、日本における戦後道路政策の全体像を描き、将来のあり方を展望した大著です。市民生活と経済活動に直結した道路という交通インフラ『かつて、ドイツの国法学者ヘルベルト・クリューガーは、交通路を「国家存在の本質要素」といいました』は、戦後復興期における高速道路・一般道路の整備計画の定立から、今世紀における道路公団民営化・道路特定財源の一般財源化まで、政治的な争点としても様々な議論を呼んできました。
本書の大きな特徴は、厚生経済学と公共選択論の分析手法を組み合わせ、「事実と推論の記述で全体を通貫し」、現在の道路政策がなぜそうなっているのか、そして自動運転という新たな技術のフェーズがそれになにをもたらしうるのかを、著者のこれまでの交通経済学における研究実績や実務への参画もふまえながら、極めて冷静に描き出していることにあります。本書の構成は、基本的視座を提示し、問題設定を行う序章、現行制度の淵源としての道路政策の歴史を概観する第1章に続いて、全国ネットワークとしての高速道路の整備政策と料金政策を扱う第Ⅰ部、一般道路に関する国の整備政策と自動車関係諸税と道路特定財源制度を対象とする第Ⅱ部、日本道路公団の民営化と道路特定財源の一般財源化という、「2000年代の道路政策の改変」を主題とする第Ⅲ部、そして、第Ⅲ部までの考察をふまえ、道路政策の今後を展望する「終章」からなります。
著者は、本書を通貫する3つの視点として、①制度を概説し、その背景にある政策理念を明らかにすること、②(公平性の観点を重視することによる限界を意識した上での)ミクロ経済学による政策分析、③政治的意思決定の公共選択論による解釈、を提示し、それに対応して、第Ⅰ部から第Ⅲ部の各章は、それぞれを具体的に展開する「理念・目的・制度」「分析・評価」「決定・政治」を内容とする各節から構成されるという、体系性を持って構成されています。そして、この体系性とあいまって、各章各節で、著者独自に作成したものも含め、図表が各所に適切に配置されていることや、政治決定の過程についての、審議会での議論や国会審議の議論の解釈が、わかりやすい文体で提示されていることによって、全体が415頁からなる専門書でありながら、専門を異にする読者にも興味を喚起し、その理解を容易にする工夫もこらされています。
終章においては、自動車交通の成熟化・大衆化が、(小泉内閣における熱狂の政治に象徴的な)道路政策決定の難しさをもたらしている面をとらえて、今後の政策決定のあり方につき、道路の現場により近い「道路信託機構」を設立し受益と負担の関係の明確化を図り、あわせて「国会議決における党議拘束の緩和」をする、という「提言」がなされています。著者自身、分析視点としての公共選択論からするといずれも「実現不可能」と位置づけていますが、他方で、自動運転技術の進展により「垂直統合された巨大システム」「ハイパーオート会社」が登場すれば、会社との交渉や会社への委託によって、道路政策に合理的な意思決定過程が生まれるのではないか、との展望を持って本書はしめくくられています。この展望が、様々な学問分野での対話を促す恰好の素材であると評価いたしました。
著作3
表題
地域公共交通の統合的政策:日欧比較からみえる新時代
受賞者
宇都宮 浄人(関西大学 経済学部教授)
受賞理由
本書は、地域公共交通政策に関する、著者の2013年以降の発表論文等をもとに、2017年度のオーストリア工科大学在任中の、オーストリアをはじめとする欧州各国での地域公共交通の取り組みに関する研究調査活動成果も盛り込み、これからの日本での統合的な地域公共交通の政策やそれに関する制度のあり方について論じた著作です。人口100万人未満の地方都市や大都市周辺における地域に焦点を当てて、日本と欧州、制度と実証という2つの軸で、政策の変遷の考察や定量的分析も組み込んで議論を進めている大作といえます。
具体的には、地域公共交通政策を議論する理由付けの整理から始まり、規制緩和政策の修正以降交通政策基本法の下での模索を含む日本の地域交通政策の変遷、同じく主に21世紀以降の欧州の地域公共交通政策の変遷、地域公共交通政策における統合の考え方についての考察、オーストリアが実現した地域公共交通政策と財政支援の評価、費用便益分析の意義と限界を踏まえた地域公共交通の価値についての考察および地域鉄道での価値の測定に関する分析、ソーシャル・キャピタルと地域公共交通の関係についての概念整理とマクロデータによる実証、地域公共交通政策がソーシャル・キャピタルに与える影響についての、日本とオーストリアにおけるケーススタディに基づいた実証、ドイツ、フランス、日本のデータを用いた交通政策による地域公共交通の利用者増の可能性についての分析、以上に基づいた総括としての、地域公共交通の統合的政策実現にむけたまとめ、から構成されています。
本書の特徴的な点として、まず、日本および欧州各国における2000年以降の地域公共交通政策の変遷について、多くの資料に基づいて正確に記載され、かつわかりやすく説明されているため、研究者のみならず実務者にも読みやすくかつ読み応えのある記述になっていることを指摘できます。次に、統合、ソーシャル・キャピタルといった重要な概念については、これもまた多くの文献を引用しながら、地域公共交通政策の文脈で、わかりやすく議論を展開している点をあげることができます。特に実務者や初学者の理解を助け、かつ専門的な研究者の視点にも十分応え得る内容になっています。さらに、アンケート調査やマクロ統計データを用いた定量的分析を行っている点も特徴的です。実証分析の章を加えることで、データに基づいた実証という観点でも、地域公共交通政策の分野で考えなければいけない点を具体的に指摘しています。
地域公共交通政策に携わっている研究者や実務者にとって、本書は、この20年間の政策の変遷、欧州事例からの学び方、関連する政策分析の方法など多くのことを学べるとともに、公共交通さえよくなればよいわけではなく、地域のための公共交通政策の模索であるというところからぶれることなく、統合的政策のあり方を考えていく機会を与えてくれます。
以上のように、地域公共交通政策の動向や論点、課題を、実証的かつ学術的にまとめている点を評価いたしました。